歯の寿命が長くなる?さまざまな歯科の再生医療とは
この記事の監修者
中島 美砂子/歯科医師・研究者(歯学博士)
医療法人健康みらい RD歯科クリニック理事長。九州大学大学院歯学研究科を修了後、同大学院並びに米国研究機関にて歯内治療の研究を推進。その後、「細胞移植による歯髄再生治療」の臨床研究を行い、実用化。
代表著書
・Nakashima M, et al.: Pulp regeneration by transplantation of dental pulp stem cells in pulpitis: A pilot clinical study.Stem Cell Res Therapy 2017.世界初の歯髄再生治療の臨床研究
・中島美砂子、庵原耕一郎:―患者まで届いている再生医療―「歯髄・象牙質再生治療の現状」 日本再生医療学会雑誌 2019.
歯の寿命が長くなる?さまざまな歯科の再生医療とは
「いつまでも自分の歯でしっかり噛んで食事をしたい」そう感じている方は多いのではないでしょうか。
歯は、失って初めてその大切さに気づくといわれています。できる限り自分の歯を保つために、神経の治療が必要なほど大きなむし歯や重度の歯周病になった場合、或いは重度の歯周病になった場合には歯科分野でも「再生医療」という選択肢があります。
再生医療といってもさまざまな治療がありますので、自分に合ったものを選択できるように、歯科で行われている再生医療についてご紹介します。
再生療法とは
歯科の再生医療は、神経を失った際に歯髄を再生する歯髄再生治療、歯周組織再生療法などがあります。
それぞれ失った歯髄、或いは骨や歯根膜の機能を再生させて、しっかりと噛むことができるよう治療するものです。
歯科の再生医療 例①歯髄再生治療
歯髄再生治療とは、骨髄幹細胞を用いた再生医療の一つです。
むし歯が進行した歯の歯髄を取り除き、内部に歯髄幹細胞と薬剤を移植することで神経を再生させます。
歯髄再生治療に使われる歯髄幹細胞とは
歯髄幹細胞とは、歯髄の中にある幹細胞で、複製能力(同じ細胞を増やすことができる働き)と多分化能力(様々な細胞に分化できる働き)を持った特殊な細胞です。
幹細胞は骨髄や臍帯血などにも存在していますが、歯髄幹細胞は骨髄細胞に比べて3〜4倍程度もの増殖能力があるため、短期間で多くの細胞を得ることが可能です。
また、歯髄幹細胞はエナメル質の中に存在し、硬い組織に守られているため、外部からの刺激を受けにくいという特徴もあります。
再生する「歯髄」にはどんな働きがある?
それでは、歯髄再生治療で再生する「歯髄」とはそもそも何なのでしょうか? 歯髄は歯の内部に位置しており、「血管」「神経」「リンパ管」が集まっていることから一般的に歯の神経と呼ばれています。 歯髄の主な役割は以下の通りです。
- 永久歯に生え変わった後、成長を助ける
- 歯の栄養や水分を供給して、歯を丈夫に白く保つ
- 細菌に対して抵抗力を持つため、むし歯の進行を防ぐ
- 痛みを伝えて、歯周病やむし歯を発見しやすくする
このように歯髄には、痛みを伝えたり、栄養や水分を補給することで歯を丈夫に保つ働きがあります。
このためむし歯の治療などで歯髄を歯から取り除いてしまうと、以下のようなデメリットが発生すると言われています。
- 歯の色が変色する
歯に栄養や水分が行き渡らなくなるため、灰色や茶色に歯の色が変色して審美性が低下する場合があります。 - 痛みに気づかない
むし歯になっても痛みが伝わらないため、むし歯や歯周病の発見が遅くなります。 - 歯が割れやすい
栄養や水分が行き渡らなくなってしまうため、歯がもろくなってしまい、歯が欠けたり割れたりする可能性が高まります。 - 歯の根に膿がたまりやすくなる
むし歯治療では神経の処置をして根管ないの細菌を消毒し、清潔な状態になってから根の部分に薬を詰めますが、その際にわずかな細菌が入り込むと、歯の根の先に膿がたまってしまうことがあります。歯髄再生治療のメリット
このように歯髄は、歯の長期的な健康を保つのに重要な組織です。
このためむし歯が進行した際、神経を再生させる歯髄再生治療を選択することには、以下のようなメリットが存在します。
歯を長持ちさせる
従来では、神経まで達したむし歯の治療は、むし歯と神経を取り除き、根の中を無菌状態にして薬を詰めて被せ物をするというのが一般的でした。
しかし、そうすると神経がないため栄養や水分を補給することができず、歯がもろくなってしまいます。
一方、歯髄再生治療なら、神経にきちんと栄養を届けることができるため歯を丈夫に保つことができます。
二次むし歯を予防する
歯の神経をとってしまうと、痛みを感じることができないため、二次むし歯となっても気づきにくくなります。
気づかずそのまま進行すると、最悪の場合歯を抜かなくてはいけないことも。その点、歯髄再生治療を行えば痛覚も残るため、むし歯や歯周病になった場合にも自分で気づくことができ、二次むし歯のリスク軽減につながります。
採取しやすい
歯髄幹細胞はほかの方法に比べて幹細胞が採取しやすいため、比較的誰でも受けやすいというメリットがあります。
若い方の方が細胞を培養しやすい面はありますが、高齢の方でも採取が可能。ほかの幹細胞に比べて身体の負担も少ないです。 骨髄を採取する場合は、骨の中の骨髄に針をさして骨髄液を採取しますし、臍帯血の場合には妊婦さんからしか採取ができません。
その点、歯髄幹細胞は親知らずや乳歯、矯正で抜歯が必要と判断された歯などから採取が可能となっています。
歯髄再生治療の手順
- 不要歯の抜歯・歯髄幹細胞の採取と培養
- 歯髄除去
- 歯髄幹細胞の移植
- 歯髄の再生・血管の新生
歯髄再生治療には、噛み合わせに関係がない親知らずなどの不要歯が必要です。
このように抜歯した不要歯から歯髄再生治療に必要な「歯髄幹細胞」を採取して増殖させます。
髄幹細胞が治療に必要な程度まで増殖するには1~2ヶ月程度と言われています。歯髄幹細胞の培養ができたら移植のための準備を開始します。 歯髄(歯の神経)を取り除き、根の中をきれいに消毒していきます。 根の中の状態によりますが、根の先に膿がたまっている場合には根の中を無菌状態にするまでに1ヶ月程度の期間がかかることもあります。
根の中が無菌状態になったことを確認して、歯髄幹細胞の移植をします。 基本的に移植は1回で完了します。
歯髄、血管、神経の再生が促され、象牙質も再生されていきます。 神経が再生できているか、微量の刺激を加えて確認します。
歯科の再生医療 例②歯周組織再生療法
歯周組織再生療法とは、歯を支える骨や歯ぐきを回復させることで、歯を抜歯せずに治療する方法です。
歯周病が進行すると、歯ぐきの腫れや出血だけでなく、歯の周りの組織にも炎症が及び、悪化すると顎の骨も溶かしてしまいます。
顎の骨が減ってしまうと自然に戻ることはないため、歯周組織再生療法で再生を促します。
軽度の歯周病は、正しいセルフケアや歯科医院のクリーニングで改善が可能ですが、症状が進行して顎の骨が減ってしまうと、歯磨きやクリーニングでの改善が難しいため、破壊されてしまった歯周組織の再生を促す治療を行います。
歯周組織再生療法には、エムドゲイン®やリグロス®など薬剤を使用する方法や、骨を移植する方法などさまざまな種類があります。
エムドゲインによる歯周組織再生療法
歯周組織の再生を促すエムドゲイン®という薬剤を使った治療法です。 歯ぐきを切開して歯根部分に着いている汚れをしっかり取り除いた後、エムドゲイン®ゲルを塗布して、歯ぐきを縫合して歯周組織が再生するのを待ちます。
エムドゲイン®の主成分であるエナメルマトリックスデリバティブは、子どものころに歯が生えてくる時に大切なタンパク質の一種です。歯が発生する時と同じ環境を作り出し、歯周組織の再生を促す薬。
歯周組織が再生すると、「歯周ポケットが改善する」「顎の骨が再生される」などの効果が期待できます。 顎の骨が再生すると、しっかり歯を支えることが可能になり、歯周病特有の歯の動きが改善が期待されます。 また、歯ぐきも正常な状態になるため、歯が長く見えるなどの審美的な問題も改善されるかもしれません。
一般的にエムドゲイン治療で骨が再生されるまでは、8ヶ月〜1年程度かかると考えられています。
エムドゲイン治療は自由診療
エムドゲイン治療は保険適用外のため、歯科医院によって費用が異なりますが、平均で80,000〜100,000円程度が目安といわれています。 決して安い金額ではありませんが、歯周病で歯を失うリスクを考えると致し方ないのかもしれません。
リグロスによる歯周組織再生療法
エムドゲイン治療と同様、薬剤を使用した治療法です。
歯ぐきを切開して、歯根の汚れを取り除き、リグロスを歯周ポケット内に塗布して縫合します。 手術方法はほとんど変わりませんが、薬剤に使用されている成分が異なり、エムドゲインは豚の歯胚から抽出したエナメル基質たんぱく質ですが、リグロスは「bFGF」というヒトの成長因子を使用します。リグロスは保険適用
自由診療のエムドゲイン治療に対して、リグロスは保険が適用になります。 保険適用には条件がありますが、適用されれば3割負担の方で20,000円程度です。
ただし、骨を造成するための治療も行うなど、自由診療を併用する場合には保険が適用になりません。治療前に費用についての説明を受け、不明点があれば確認するようにしましょう。
骨移植を用いた歯周組織再生療法
骨移植は、ほかの部分から採取した骨や人工骨を使って、減少した骨の再生を促す治療法です。 時間の経過と共に顎の骨に置き換わっていきます。
歯周病の進行を阻止することができ、審美性の改善も期待できます。GBR(骨誘導再生療法)
歯茎を切開して歯根の汚れを取り除いた後、きれいになった歯根部分に特殊な薄い膜を覆って、歯ぐきを元通りに縫合する治療法です。
歯周病で失われた歯周組織は、歯石などの汚れを除去すると再生しようとしますが、歯ぐきが歯周組織のあった部分に侵入すると、再生するためのスペースが無くなってしまいます。
そのため、再生するためのスペースを確保して、歯周組織が再生しやすい環境を作る方法です。
まとめ
歯周病で歯周組織まで損害されると、自然に元通りになることはありません。
そのため、歯周組織を再生するためには再生医療が必要です。 神経の治療が必要なむし歯の治療は、歯髄再生治療、歯科の再生医療では、重度の歯周病は歯周組織再生療法が選択されます。患者さまのお口の状態によって、どの治療が適用になるかは異なりますが、大切な歯をできる限り長持ちさせ、お口の健康を守るためにもぜひ一度、再生療法を検討してみてはいかがでしょうか。